本を読む日々の身辺雑記


by aokimugi

カテゴリ:映画・アニメ( 9 )

えいがばとん

弟がカルボナーラを食べたいというので作ったら「生卵ご飯の味がする・・・。」と言われました。・・・なに~!!なぜだ。変なものは入れてないぞ。
不味くはないけど、これは断じてカルボナーラではない! そうです。

ちなみに彼は残しもせずに完食。えらいっ!
私は一口も味見してません。←おいっ


・・・後でネットで調べてみたところ間違っていた部分を発見。私は卵と粉チーズとバターと塩と牛乳を事前に混ぜておいて、茹でたてパスタと和えたのですがそもそもこれが間違いだったようです。
先に牛乳とチーズを加熱してソースを作らなければならなかったらしい。(生クリームは家にないので最初から除外してます。←この辺にも問題あり?)で、卵は盛る直前に和えるんですね。

勉強になりましたw次に作るときには上手く出来るはず。弟よありがとう!


えびちゃんからもらったバトンです。
:: 映画バトン ::

Q1 所有している映画の本数は?
一本です。母がプレゼントしてくれた『耳をすませば』のみ。あとは家族所有のジブリとディズニーのビデオが何本かあったはず。

Q2 最後に買った映画のDVDは?
なし。見事に一本もないw

Q3 最後に見た映画は?
『父親達の星条旗』つい最近映画館に観に行きました。

Q4 思い入れのある映画は?
『ガンジースタンダーズ・エディション』、『小さな中国の御針子』、『乱』(黒澤明監督)、『名も無きアフリカの地で』、『モーターサイクル・ダイアリーズ』、『少女ヘジャル』、『運動靴と赤い金魚』、『ライフイズ・ビューティフル』、『風の絨毯』、『雨あがる』、『ホテル・ルワンダ』、『長崎ぶらぶら節』

思い入れというより印象に残っている映画です。映画を観て何年後になってもその映画を観たときの気持ちを思い出せるような・・そんな映画たちです。

Q5 これから見たい映画は?
とりあえず『大奥』!!公開が楽しみです。『父親たちの星条旗』の日本編『硫黄島からの手紙』も見たい。あとアニメ版『時をかける少女』も観たいです。早くレンタルにならないものか。

Q6 バトンを回す人5人は?
もしお暇ならなまのりさん、秋遊さん答えていただけると嬉しいです。
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by aokimugi | 2006-11-26 22:49 | 映画・アニメ

平和な世界

映画「ワールド・トレード・センター」観て来ました。
現場の人々の・・・足元が一瞬でなくなってしまったかのような恐怖が、まざまざと感じ取れる映画でした。
・・・というか、「映画」なのですが「映画」という窓を通してあの日に起こった出来事を見ているような・・・あらゆる形で関った膨大な数の人々の気持ちを追っているようなそんな気持ちにさせられました。
まだ「歴史」というには生々しすぎる出来事です。
遠く地球の裏側で起こった事件ですが、日本でも多くの人たちがこの事件が起こった日のことを覚えているのではないかと思います。

あの9月11日私は、リアルタイムで二度目の飛行機がビルに突っ込む映像を見ていました。
確か夜中1時過ぎ、2時近かったと思います。
高校3年生で受験勉強をしていた私は、パソコンでいち早くニュースを知った弟に呼ばれて一緒にテレビを見ていたのです。
繰り返し流れる激突の瞬間の映像には、全く現実感がなく「映画みたいだ。」と思ってました。
続いてペンタゴンにも飛行機が突っ込んだという映像が流れたのも覚えています。
現実感がない癖に、なんだか妙に怖かったです。
その晩はドキドキして不安なような・・・ふわふわした気分でとても勉強する気分にはなれませんでした。
翌日図書室でスポーツ誌の一面にあのビルに飛行機が突っ込んだ時の写真がデカデカと載っているのを見ました。
見出しは「第三次世界大戦開戦か!?」とかなんとかそんな感じの。
その日まで私は「戦争」は自分には関係のない場所で起こるものだと不謹慎にも、無邪気にも自然に信じていました。
「戦争」に私も本当に巻き込まれることが起こりうるんだ!とそんな可能性があることに初めて思い至ったのがこの時です。

あの日から明らかに世界は変わりました。今もその影響は続いています。
元々かなり遠いところにあった「平和な世界」が、すさまじい勢いで姿を消した9月11日。
私がこの日の出来事を子供に語る日が来たとしたら・・・その時は今よりもうちょっとましな世の中になっているといいのですが。
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by aokimugi | 2006-10-27 00:19 | 映画・アニメ

大奥

今、ちょっとハマっている。
昔テレビでやっていた時ちらちらと観てはいたんだけどきちんとみたことはなかったのだ。

女同士の対決の迫力に思わずクッションを握り締めながら見入ってしまう。
さっき丁度13代将軍家茂が亡くなったとこまで観たところである。
幕末の怒涛の歴史の流れに押しながされてもうすぐ大奥が終焉を迎えそうな気配だ。
・・・続きが気になって仕方がない。
しんちゃん死なないで!!(←すいません。わかる人だけわかってください・・・。)

どうしようもない周囲の思惑に翻弄され、大奥の鉄の決まりに身を縛られながらも女達が自分のできるかぎりに精一杯「生きて」いく姿がすごく魅力的だ。

主人公のまるちゃんがいいな、と思う。どんな偉い人も権力者でも同じ人としてみているところが好きだ。
世に並ぶもののない高貴な人達の寂しさや孤独が胸に迫ってくるのは彼女の視点があるからだと思う。
ドラマを作るとき直接和宮や、徳子様とかを主人公にすることもできたと思うけどまるちゃんを主人公に持ってきた製作者に拍手を送りたい。

それにしても、つい最近ちらっとみた「その時歴史が動いた」でやっていたのだが、
大奥は江戸幕府の年間予算の・・・4分の1(!!) 
を使っていたそうな・・・。

庶民から搾り取ったお金を250年あまりもそんなことに使い続けていったいぜんたい誰が幸せになったんだろうと思うとため息しか出てこない。
     
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by aokimugi | 2006-09-29 22:19 | 映画・アニメ

異次元に行きたい・・・

めっちゃ久しぶりの更新です。
私は元気ですよ~。

今って8月ですよね!?
8月に入ったというのに8月だという実感がまるでわきません・・・。
強いて言うなら、勤務先へ自転車で疾走するときついにスーツの上着を着るのを断念した・・・・っていうくらいしか「夏」の実感がありません!!
社会人って悲しい・・・。
「季節」を感じるように自分から動かないとこれからどんどん「季節感」を無くしていってしまうんだろうなあ、と思います。

泳ぎに行きたい・・・・!!水遊びしたい~~!!花火やりたい~!!
実家に帰ったらこれらの目標をクリアするつもりです。
早く夏休みが来ないものだろうか・・・。(お盆にたった3日の休みですが初めての3連休なんです!!)

え~。これらの心の叫びはとりあえず横においといて。
映画「ゲド戦記」、見てまいりました。

中学生の時にゲド戦記を読んで以来、ゲド戦記好きだ~!!と周囲の人々に言い続けてきました。が、すいません・・・。
映画見て「こんな話だったっけ??」と思ってしまいました。
うーん・・・。あれどこまでが宮崎吾郎監督のオリジナルストーリーなんだろう。

原作は、ゲドの少年時代から始まります。
二巻はゲド青年時代。島に閉じ込められた巫女の少女を助ける話だったはずです。
3巻が、今回映画化された話かな、と思いますが詳しい内容を思い出せません・・・。(おい!!)
もう一度原作を読み直してみようと思います。
きっと前に読んだときとは(自分が年を取った分)違う作品に出会えるはずなのでそれも楽しみですw

原作との関係は抜きにして映画はどうだったかというと。
テルー(ヒロインの少女)の歌が良かったです。
あの草原に染みとおっていくような声と歌の歌詞がすごく良かった。
あの歌を聴けただけでも観に行った価値があったと思いました。

ストーリーの方は、監督が伝えたい「思い」はすごくよくこちらに伝わってきました。
誰もが自分ひとりで生きているのではないんだ、と。
でも、「思い」を伝えることに力を入れすぎて「物語」としては説明の足りないところがあるように感じました。
・・・つまりちょっと分かり難かった。
ストーリーの骨子に当たる部分の疑問が謎解きされないまま話が終わってしまっている感じでした。いろいろ言いたいことはあるのですがネタばれになるのでこの辺でやめておきます。
映画みた方是非語り合いましょう!!w

あと、今日ビデオで遅ればせながら
「ナルニア国物語」を観ましたよ。
アスランのたてがみのなびき方に原作への愛を感じましたw
4人の姉妹兄弟の人間関係の描き方がリアルで面白かったです。
兄弟ってああいうもんだよね。うん。
ルーシーが凄く可愛かったです。あと博士が微妙にツボでした。ああいう大人になりたいもんです。
映像のレベルは文句ない出来でした。(←偉そう・・・)
観ていて(現実を忘れられる)楽しい映画でした。ビバ!!ファンタジー!!
第二弾に期待したいです。
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by aokimugi | 2006-08-08 00:00 | 映画・アニメ

コミュニケーション

デンマークの新聞に預言者ムハンマドの風刺画が掲載され、それに対してイスラム諸国からの非難と抗議の声が高まっている。
今日のニュースで知ったのだが、あきれたことに「報道の自由」を守り、暴力的な外圧には屈しないことを示すためにフランスなど欧州の新聞が後日さらにムハンマドの風刺画を載せたという。

これは異文化間の価値観の違いで片付けるにはあまりに無神経な行為だと思う。
イスラム教の人々がとても大切にしている決まりなのは周知の事実であるし、冗談では済まされないのはちょっと考えれば分かることだ。
少し前に、パレスチナで武装派組織のハマスが政権を取ったというニュースに接し、さらにこのニュースに接してなんだかものすごくやりきれない気持ちになった。
この事件の背景には、欧州で大きな問題となっている移民との摩擦やフランスの政教分離政策の及ぼす影響とか・・・価値観の違い以外にも様々な原因があるとは思う。でもやっぱり、「報道の自由」を主張する前にもうちょっと自分達の報道に対する姿勢を考えてみるべきなのではないかと思ってしまった。

今年も平和とはほど遠い一年になりそうだ。

ところで最近は暇だったのでずっとみてみたかった映画を観た。
どれもなんだか今の自分が考えていること、考えていかなきゃならないこととリンクしていたような気がする。
どんな映画を観たかというと・・・。

インサイダー
実話を元にして作られた米映画。煙草の発ガン性や中毒性についてあらゆる手段で隠し通そうとする巨大煙草企業を相手に告発を行う元研究員と、社会派ドキュメンタリー番組のプロデューサーの人生を掛けた苦悩と闘いのドラマです。渋い映画だけどものすごい迫力でした。
実話ってとこが一番恐ろしい映画です・・・。
日本で最近多い偽装なんとか・・の発覚の影にも似たような苦しみを抱える告発者の存在があるんじゃないかとちょっと考えてしまいました。

ガンジー コレクターズ・エディション
古い記録映像のガンジーとこの映画のガンジー役の方があまりにもそっくりなのでガンジーその人を見るように映画の中のガンジーをみてしまいました。
ユーモア溢れる魅力的なガンジーの姿を、彼を支え続けた妻の姿を、インドの人々の苦しみと喜びに生きる姿を描いた、魂が込められた映画でした。

インドは広大な国です。すさまじい貧富の差、多くの宗教、カースト制度、それらの深い深い壁を乗り越えて全インドの人々に「マハトマ(偉大な魂)」と呼ばれて慕われ尊敬を集めたガンジーとはどのような人物だったのか。改めてそれを成し遂げることの困難さを考えてみると気が遠くなるような気がします。
ガンジーはインドをイギリスの植民地支配から独立へと導いた独立運動の指導者です。
しかし、その抵抗の手段として使ったのは力(暴力)ではなく、「人が人として対等に尊厳を持って生きる」その生き方を示すことでした。
その生き方は深い断絶を乗り越えて全インドの人々を結びつけ、最後にはイギリス人をも屈服させる力になりました。
どんな社会においても、宗教も貧富の差も身分も人種も国籍も性別も関係なくすべての人がそう扱われたいと願っているはずなのに、そうあるにはとても難しいのが現実です。「人が人として尊厳を持って生きる」それはあまりに当たり前の姿であるはずなのに。

映画の最後の方で忘れられない場面があります。
   【これ以下ネタばれなので注意!
イスラム教徒とヒンズー教徒の争いをやめさせようと何日も何日も断食を続けるガンジーの前で、争いをしていた男の一人がナタを地面にたたきつけるように手放し、ガンジーに向かってパンを投げつけて「どうせ俺は地獄へ行くが、お前には死んで欲しくないから、食べろ!!」と言います。ガンジーがなぜ地獄へ行くのかと聞くと、男は血走った目を辺りに向け振るえる手を腰くらいの高さに上げて、「これくらいのイスラム教徒の男の子を壁に叩きつけて殺した・・・・。」「息子をイスラム教徒に殺されたんだ・・・。」と言います。息詰まるような沈黙の中、ガンジーはその男に向かって、「地獄から抜け出す方法を教えよう・・・。男の子を養子にして育てるといい。そう、このくらいの(背の)子がいいな・・・。両親を殺されたイスラム教徒の子だ。自分の子として、そしてイスラム教徒として育てるのだ・・・・。」と言うのです。その言葉を聞いた男はすさまじい目をガンジーに向けると、・・・倒れるようにその枕元に顔を伏せてしゃがみこんでしまいました。(思い出しながら書いたので細かいところが間違ってるかもしれません。)

私はこの場面を見て「平和」とはすさまじいものかもしれない、と思いました。本当の平和とは全世界の人々が全員これができるくらいの覚悟無しには保てないものなのかもしれない、と。

ぐしゃぐしゃに泣きながら、いろんなことをぐるぐる考えてしまう、学ぶことが多い映画でした。
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by aokimugi | 2006-02-04 05:13 | 映画・アニメ

レディ・ジョーカー

映画「レディー・ジョーカー」をついさっき見終わったところです。
大学に入ってすぐの頃、授業とバイトに追われる日々の合間に分厚い、しかも二段組の上下巻の原作を必死で読んでいたのをちょっと懐かしく思い出しました。けっこう頑張ったんですが、それでも5日くらいはかかって読んでいた気がします。めちゃくちゃ面白くて他のことが手につかなくなってました。確か。(笑)

映画はずっと気になっていたのですが原作のイメージが壊されてたらどうしよう、と思ってなかなか手が出せなかったのです。今回は他の映画のついでに借りてみました。
かな~り渋く作りこんでいていい映画でした。原作ファンのツボもしっかり抑えていたし、言うことありません。見てよかったです。


ところで最近、中野好夫のエッセイ集「悪人礼賛」を読んでいます。
夏に古本市でふと目にとめて買ったものです。我ながらいい買い物をしたものだと密かにほくそ笑んでいるところです。
中野好夫さんの文章はこの本で始めてふれたのですが、皮肉の香辛料がぴりりと効いた骨のある文章を書く人なんですね。その文章の小気味のよさには読んでいて思わずにやにや笑いがこみ上げてきます。試しにちょっと引用してみますと、
由来ぼくの最も嫌いなものは、善意と純情の二つにつきる。
考えてみると、およそ世の中に、善意の善人ほど始末に困るものはないのである。僕自身の記憶から言っても、僕は善意、純情の善人から、思わぬ迷惑をかけられた苦い経験は数限り無くあるが、聡明な悪人から苦杯を嘗めさせられた覚えは、かえってほとんど無いからである。悪人というものはぼくにとっては案外付き合いやすい人間なのだ。・・・


悪人礼賛というわずか5ページのエッセイの冒頭です。
「純情な善人」が「善意」によって何をしたとしてもその行動が正当化されてしまう、その理不尽さを理路整然と訴えていて、その切れ味のよさには舌を巻きます。
善意から起こる近所迷惑のもっとも悪い点はその無法さにある。無文法(ノーグラマー)にある。警戒の手が利かぬのだ。

・・・・なんというか・・・どっかの合衆国の大統領を体現している一文のような気がしてなりません。
最近わが国の国会の辺りからもきな臭いにおいが漂ってきていて、ニュースを見るのが恐ろしくてなりませんが、せめてもの皮肉の精神だけは持っていたいところです。
中野好夫さんからせっせと学んでおこうと思います。

追記:先日、コイズミが靖国に参拝しましたが、中国に留学中の友人は特に何事もなく平穏無事だったようです。よ、よかった・・・。彼にはあなたのやってることが「平和」につながってると本気で思ってますか!?って一回くらい首揺さぶって言ってみたいとこです・・・。
母が来月あたり韓国旅行に行くそうなので、コイズミがまたなんか失言とか、まずい行動したりしないことを祈ります。
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by aokimugi | 2005-10-23 03:45 | 映画・アニメ

チェ・ゲバラ

最近は映画をよく見ます。
先日はトルコの映画を見ました。
『少女ヘジャル』
主人公はクルド人の小さな女の子。ヘジャルは両親を亡くし、裕福な親戚の家に預けられるのだが、その親戚が分離主義者であったため、武装警官隊に踏み込まれ親戚は殺されてしまう。惨劇の中難を逃れたヘジャルは、呆然としてアパートの部屋の前に出てきたところを向かいに住んでいた老人に保護される。老人もどうしていいか分からないでいるのだが、日が経つにつれヘジャルとの間にまるで肉親のように暖かな感情が育まれていく。元判事としてリベラルな考えを持ちつつもクルド人へ対する偏見を持つ老人と、ヘジャルの無邪気な頑固さが、トルコ国内におけるクルド人の置かれた立場を鮮明に映し出していた。

ヘジャルの無邪気さがかわいいです。にっこり笑ったとこなんか、うわ~、かわいい子だなあ・・・。って思います。でも、ヘジャルも老人も頑固さは結構いい勝負でした。老人はヘジャルにトルコ語を覚えさせようとするし、ヘジャルは老人が押し付けようとするトルコ語を拒みます。私の知ってる言葉では、『靴』は『靴』って言うんだもん!という感じで。そりゃ、そうですよね。誰にだって自分が成長する際に習い覚えた母国語で生活する権利があるはずです。
出合った人達みんながヘジャルを可愛がっていたのがちょっと印象的でした。偏見は、そういった個人的な小さな交流の中でゆっくりと溶けていくものなんではないかと思います。


『風の絨毯』
これは去年見た映画なんですが、ちょうど祗園祭りに行ってきたばかりなのでついでに載せておきます。

日本人の少女とイラン人の少年とのかわいい恋の話です。といっても、少年の片思いなんですが。(笑)祗園祭りの山鉾のペルシャ絨毯を新調することになり、女の子の家(絨毯屋)で仕事を請けます。ところがその矢先お母さんが事故で亡くなってしまい、お母さん子だった女の子はふさぎこんでしまいます。お父さんはそんなわが子を心配しながらも一緒に絨毯を受け取るためにイランまで出かけていくのですが・・・。手違いでできているはずの絨毯はできておらず、それどころかこれから糸を染めるとか言い出すのです。この辺、まあなんとかなると考えるイラン人の感覚と何事も請け負ったからには期限までに完璧にやり遂げるのが当然、と考える日本人の感覚が見事にすれ違っていて面白かったです。(いや、笑う場面じゃないんですが・・・。)
お父さんの剣幕でどうしても期限までに絨毯を作らなければならないことを理解した絨毯職人さんは、急ピッチで絨毯を作り始めます。そこの工房の一家や息子と触れ合ううちに少女の悲しみはゆっくりと鎮まっていきます。これを見ていたら言葉は通じなくてもものすごく暖かく接してくれるイランの人達が大好きになりました。最後、少年の告白がちょっと失敗してしまうかわいそうな場面もありますが、胸が暖かくなるいい映画でした。

モーターサイクル ダイアリーズ
ぜえはあ・・・。やっとここまできました。(読んでくれている人はいるのか・・・?いつも長々とお付き合いありがとうございます。)
今日見たのは、この映画です。

医学生だった、若き日のチェ・ゲバラ(エルネスト)が根はいい奴ですが少々お調子ものの友人(アルベルト)と共に南米大陸1万キロを走破する話です。
風景がとにかく広い!!気持ちいいです!
最初はおんぼろバイクに乗って出発するんですが途中で再起不能になってしまい、そこから徒歩+ヒッチハイクの旅が始まります。
この二人のやってることが無鉄砲でめちゃくちゃなので時々一人で画面に突っ込みを入れてしまいました。お、面白かった~!
エルネストの目が綺麗でした。旅先では逃亡に疲れきった共産主義者の夫婦、急斜面の山道を黙々と徒歩で登っていくインディオの人々、鉱山の日雇い労働者、ハンセン病の隔離施設・・・いろんな人々と出会います。そのたびに彼は真直ぐに人々と同じ目線で話を聞き、彼らの痛みを理解しようとします。
「革命家」としてあまりにも有名な人物ですが、この映画では一人の誠実な若者が人に触れ、成長していく姿が描かれていました。
変な装飾がなく、とても気持ちのよい映画でした。
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by aokimugi | 2005-07-20 01:44 | 映画・アニメ

歴史

注意:今回は内容が内容なので、私自身の(弟あたりからは偏ってると指摘されそうな)政治的な主張がちょっと色濃く出てしまった面があります。不快に思われる方もいるかもしれません。また、私は東京裁判や、日本が戦争に至る歴史的経緯についてそれほどきちんとした知識をもっている訳ではありません。誤った内容を書いてしまっているのを発見したら遠慮なくご指摘ください。

『東京裁判』という映画を見た。
東京裁判、つまり終戦直後に行われた極東軍事裁判の映画である。
この映画は全画像が当時の記録映像を編集した映像によって構成されている。
NHKの「映像の20世紀」の映画版と思ってもらえたら実情に近いんじゃないかと思う。

日本の戦争責任が改めて問われている現在、この映画を見る意味はあるんじゃないか。
と秋遊さんに薦められて、興味を惹かれ見ることにしたのだ。

私が映画を見る前に知りたかったことはいろいろある。

・日本の戦争指導者たちがいったいどのような罪状で、そして、どんな法律を基にして裁かれたのか
・誰が裁いたのか(GHQの独断?国連主導?)
・どのようにして裁判が行われたのか
・天皇の軍事責任はなぜ問われなかったのか

主にこんなところだろうか。
もしかしたら高校のときに日本史を選択していたらほとんど解ける疑問ばかりなのかもしれないが、世界史を選択していた私はその辺の事情をきちんと知らないのだ。
にゃはは・・・日本人としてちょっと恥ずかしいです(汗)

この映画を見て今まで私が漠然と抱いていた東京裁判に関するイメージはかなり変わった。
そしてこの裁判自体の持つ意味に対する認識も大きく変わった。

東京裁判は、一部の日本の政治家・軍人の個人的責任を問うものという以上に、一つの国が辿って来た歴史そのものが罪と見なされるかどうか、を大きな裁判の焦点としていた。
ひいては戦争を遂行した罪を一個人の罪として認めることができるのか、また、そもそも戦争そのものは違法なのか、というような根本的なことを問い直すところから裁判は始まっていた。

その裁判の進行はとても意外なものであった。

裁判官は、インドのパル判事などがいたにせよ、オーストラリアの裁判長はじめ戦勝国のみで構成されていたことは事実である。
また、2年6ヶ月もかけて行われた裁判の間に急速に展開していった米ソの冷戦構造や、占領軍として駐留していたGHQ・・・ひいてはアメリカの圧力が大きかったのも事実である。
全員が有罪となった判決にも表れていたように、日本軍によって苦汁をなめさせられ、占領された各国の、そして戦勝国の思惑が強く働いていたということは事実であろうと思われる。

しかし、裁判の進行を見ていてアメリカ・・・戦勝国が敗戦国に対し無理やり責任を負わるためだけに開いた無意味な裁判であったとは思えなかった。
そこには、様々な思惑(GHQの天皇の戦争責任を追及させないようにするための裏工作や圧力があったこと、米ソの冷戦の影響、証人として呼ばれた人が保身のための偽証をしたことなど)があったにせよ、どのようにして戦争が遂行されるに至ったのか、どのようにして、どんな意図を持って日本が戦争の道を選択していったのか、という経緯や真実を追究しようとする姿勢が見られた。
そのことだけに関しても東京裁判が開かれたことには大きな意義があるのではないかと私は思う。

東京裁判が国際法上そもそも違法であり、成立しない、という主張を時々聞く。
だから小泉さんが靖国に参拝しても問題はない。といいたいのだと思う。
私は国際法はもとより、法律そのものに関しても全くの素人であり、門外漢であるが、其の論理展開そのものには頷ける部分はあると思う。
そもそも裁判の最中に被告弁護人が再三口にしていた主張であるし、「日本の罪を問う」ことを目的に開かれた裁判であることは裁判が開かれる前から分かっていたことだ。
戦争指導者達を断罪するという形で、日本という国がした行為に一つの区切りをつけるために行われた裁判なのである。

純粋に国際法上の判例として意味があるか、ないか、という問題が持ち上がったときに東京裁判が判例として成立するか、否か、を論争する意味はあると思う。
しかし、日本がこれから近隣アジア諸国・・・ひいては世界の国々に対してどのような立場に立って接していくか、そして将来の展望や姿勢を問われている場においてそれを問うことに果たして意味はあるのだろうか。
私にはどう考えても意味があるどころか有害である、としか思えない。

映画の最後の方で引用されていた、ガンジーが日本人に宛てた手紙の言葉が強く印象に残った。うろ覚えであるが要約すると、
日本人が欧米の侵略から自衛するために自国の国力を高めようとしたこと自体は責められないが、その論理を盾に他国を侵略・搾取していいと思うならそれは大きな間違いだ。日本がインドを侵略しようとするならインド人は全力でそれに抵抗するだろう。

というようなことを言っていたと思う。
大きく歴史的に見て「自衛のため」の戦争であったから許されるわけでないことは明白である。
それをはっきり認めた手続きがあの東京裁判であったのだと思う。

今、極東軍事裁判を見直す意味があるとしたら、それは、国際法に照らして裁判が成立するか、否か、ではなく、どのように戦争が行われたか、そして国の方向を決める立場にいた人々がどのような行動をとったのか、それを様々な角度から徹底的に突き詰めて考えた場として、であるのではないだろうか。
あの戦争をはっきりと否定した裁判は法的というよりも歴史的にはっきりと意義があるはずだ。

最後につけたしのような形になってしまったが、私はこの裁判を見て最高責任者として天皇の責任は追求されるべきであったと思った。天皇免訴の表向きの根拠となった理由(天皇に戦争の意思はなく周囲の圧力に流された)をもし仮に正しいとしたとしても、戦争を積極的に止めようとしなかった責任は存在するはずだ。
天皇の責任を追及しなかったことで、戦争の中心部分が追及されず空白になってしまった。
そのつけが現在まで色濃い影を落としているように思う。
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by aokimugi | 2005-07-07 06:58 | 映画・アニメ

現実と虚構

最近、やっと映画、『イノセンス』を観た。
映像の美しさは言うまでもないが、その世界設定のあまりの面白さに勢いでDVDをレンタルして、『攻殻機動隊』26話×2シリーズを見てしまった。
もちろんずいぶん前から評判は聞いたことがあったがシリーズものでしかも長いので手を出していなかったのである。
結果、見事にはまりました。う~む、もう少し早く見とけばよかったかも。

アニメ作品にこんなにはまったのは本当に久々のことである。
意識と個性を獲得したAIと「人間」の差はどこにあるのか・・・。
わずかな脳以外全身偽体という機械でできている人間も珍しくなく、機械に接続された脳に干渉することで視界や記憶の書き換えすら行われてしまう世の中で行われる犯罪とはどういったものか・・。
とことん考え抜かれたその世界設定だけでもわくわくするのに、主人公達公安9課が追う「巨悪」の描き方のリアルさには脱帽しました。
欲と面子、政治的思惑でがんじがらめになった権力の中枢にはびこる組織的犯罪の、たちの悪さ・・・それは正に現実の政治の舞台裏を見ているようだった。
というか、SFアニメを見てて「この世界の新聞を読みたい・・・。」とか思ったのは初めてでした。(笑)
あまりに事件の描き方がリアルすぎて、ついつい、もう少し事件の概要をきちんと把握したいから新聞かなんかおまけで付けてくれ~!!と思ってしまうのである。(私だけ?)

これを見ていてほんとにいろいろ考えさせられた。
たとえば手足や顔、記憶すらも書き換えが可能な世界において自分を「自分」と規定するものは果たして何なのか。
素子を見ているとやっぱり【意思】なんだろうな、と思うのだが。
どうなのだろう。(隣にいた弟2号に、なんか違うだろ、と突っ込みを受けてしまいましたが・・・。笑)
あと、タチコマの台詞には時々のけぞってしまった。
あの思考パターンと台詞考えた人を尊敬します。凄すぎる・・・。
タチコマたちが自己分析してる会話は最高でした。脳と直接繋がったネットを介して無意識下で意識の共有現象が起こり始めている人間と、最初は記憶と意識が並列化していたのにだんだん個性を獲得していくタチコマたちの思考。
タチコマたちの会話によって両方の現象の姿が明確化されていくのが分かり、聞いていてどきどきした。
「バトーさん、バトーさん、○の概念が分かったよ~、アナログでの0(ゼロ)のことなんだと思うんだ。」
とか、「座禅してる人とアクセスしたら、○○がダウンロード出来ちゃうかも~!」とか・・・。他にもタチコマの名台詞はいっぱいです。
・・・大好きよ!!タチコマ!!(笑)

最近は帰省するたびに弟と攻殻の話で盛り上がります。家族でこういうネタ話せるのっていいですよね。弟がオタクであることに感謝する瞬間です。(わっはっは・・・・・・・・って私もか!?)
時には母も加わって現実の政治ネタに飛び火して白熱した会話になってたりもしますが・・・。
そんな母との話の中で出てきたひと言が印象的でした。

「やっぱりなんといっても一番面白いのは、現実の問題の中から出てきたフィクションでしょ?」

これは結構核心を突いた見解なんじゃないかと思います。
どんな分野でも良質の虚構作品(フィクション)の底に共通しているのは現実をとことん見つめる視線の存在であるはずです。それが徹底し、細部まで細かく設定されている作品ほど面白いと私は思います。小説でも、アニメでも、映画でも。
上のような意見を持った私の好みからすると攻殻機動隊シリーズはまさに傑作でした。
・・・原作も読みたいなあ・・・。
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by aokimugi | 2005-07-01 01:23 | 映画・アニメ